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妙輪寺(みょうりんじ)は、神奈川県中郡大磯町大磯1582にある日蓮宗寺院。山号は福聚山。現在の本堂は明治時代に火災で焼失後再建されたもの。日輪聖人像、毘沙門天像などを安置する。旧本山は比企谷妙本寺。池上・芳師法縁。 ==縁起== 延文元年(1356年)この地の真言寺主は、鎌倉比ヶ谷妙本寺・池上本門寺、両山の三世である大経阿闍梨日輪(日蓮入滅の際、兄経一丸と共に稚児として仕えた亀王麻呂)と大いに宗義を論じたが、ついに信順して宗を改め寺を日蓮に献上した。 翌延文2年(1357年)日蓮は方駕を今のこの地に進め、四月開堂して説法をし、福聚山妙輪寺(当山)と号した。また永聖跡(寺格)として今日に至る。 開山・日輪の母は妙朗尼であり、尼の父は印東領主印東次郎左衛門尉藤原祐照といい、母は工藤祐経の娘である。 当山日蓮聖人像は疱瘡身代り守護の像といわれた。現在も病気身代り守護の像として、祈願参詣が多い。徳川時代は紀州家の姫が度々宿泊し、また江戸城の奥女中の参詣が少なくなかった。 天保7年(1836年)9月5日夜九ツ時、北下横丁大工半七火元にて宿内大半焼失、自他十一寺焼した。その後仮建物で過ごし、明治末に現在の本堂は再建されたものである。 古文書と仏像の一部は災をまぬがれて、特に当山二世である日尚(真言寺主)に授けた開山日輪聖人真筆曼荼羅が現存し、日輪聖人像(江戸時代中期、池上本門寺宝蔵より移した)も保存されている。 境内にある熊王稲荷は、大磯宿商繁盛の守護神として伝わる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「妙輪寺 (神奈川県大磯町)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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